いちばん近い家族さえ救えない。暗闇の中で立ち尽くした活動初期

「心を扱う活動」が始まった時、最愛の息子が壊れていった
2020年、私はスピリチュアルカウンセラーとして活動を始めました。 心や精神という目に見えない世界を扱い始めた、まさにその時、息子はうつ状態になりました。
第一志望の就職試験で不合格となり、みるみる下がっていく彼の自己肯定感。
心配した親戚の紹介でなんとか別の会社に内定が決まりましたが、待っていたのは過酷な環境でした。
責任感の強い彼は、慣れない社会人生活の中で必死に食らいついていましたが、パワハラによって心は限界を迎えてしまったのです。
暗闇の中で、ただ出口を探し続けた日々
ある日、息子はおそらく人生で初めての弱音を吐き、私の前で涙を見せました。
「お母さん…ごめん…もうダメかも…」
幼い頃からサッカーで鍛え上げられたあの精神があれば、どんな困難も乗り越えられる。そう信じて疑わなかった私の信念が、ガラガラと音を立てて崩れ去った瞬間でした。
そこから息子は、まるで別人のように病んでいきました。 心療内科へ通うことも、毎日お薬を飲むことも、想像すらしていなかった現実…
「また息子の笑顔に会いたい…どうしたらいいの…」
学び始めたはずの「心の知識」は、いちばん近い家族の前では何の役にも立ちませんでした。「分かっている側」にいたはずの私が、突きつけられた現実にただ立ち尽くすことしかできなかったのは本当に辛かった…
これが、私の活動初期の本当の姿です。
「お母さんに一番に伝えたくて」暗闇の先で鳴った、一本の電話

絶望のどん底から3年。息子から届いた「取締役就任」の報告
2026年1月末。そう最近のことですが、息子から一本の電話が入りました。
「お母さん、俺、春から取締役に決まったよ!」
受話器越しのその声は、とても軽やかで優しく、心から「今」を楽しんでいることが伝わってくるものでした。
かつて働いていた会社を退職し、一時はすっかり夢を失ってしまっていた息子。そんな彼を救ってくれたのは、バイタリティ溢れる同級生社長からの「一緒にやってみないか? 大変かもしれないけど…」という誘いでした。
ベンチャー企業のような、新しい世界。そこで彼は、自分の居場所を見つけたのです。
親の価値観を180度変えた「覚悟」
実は、私たちの親戚は昔ながらのお堅い考えの人が多く、ドロップアウトした形の息子は合わせる顔がないと、実家にも寄り付かない時期がありました。
なので、私自身の価値観を180度変え、主人や親戚に対し「どうか温かい目で見守ってほしい」とお願いし、息子を100%守るスタンスを貫く覚悟をしました。
私の基準は、たった一つ「息子が笑顔で生きられているか、どうか」
世間の常識、しがらみ、親としてのエゴ。それらはすべて取り除きました。
極端かもしれませんが、「息子が笑顔なら正解、笑顔がなければ間違い」と、判断基準をシンプルに書き換えたのです。
成功よりも、生きていてくれたことが嬉しい
かつて「もう、生きる意味が分からない」と絶望していた息子。帰ってこない日、連絡がない日。母親として、生きた心地がしない夜を何度も過ごしました。
だからこそ、今の「取締役就任」という成功よりも先に、彼がここまで生きて、笑ってくれていること自体が胸に込み上げました。
「お母さんに一番に伝えたくて」 電話の向こうから伝わる彼の笑顔。
長い長い遠回りの末にたどり着いたこの瞬間に、私の心はこれまでにない温かさで満たされました。
サッカー・うつ・中退・内定辞退…絶望のどん底から始まった物語

「楽しいサッカーがしたい」─強豪校を選ばなかった、最初のSOS
息子は、幼い頃からスポーツ万能で、幼稚園からずっとサッカー一筋でした。 小学校ではキャプテンを務め、中学校でもクラブチームで汗を流す。周囲の期待を背負い、心身ともに鍛え上げられた、自慢の息子でした。
当然、サッカー推薦で強豪校へ進むもの。私だけでなく周囲もそう信じて疑わなかった矢先、彼はポツリと本音を漏らしました。
「……もう、純粋に楽しいサッカーがしたい…」
あえて強豪校を選ばないという彼の選択に、当時の私は激しく動揺しました。ここまで頑張ってきたのに…?
今思えば、あの時から彼なりの「限界のサイン」は出ていたのです。
「お母さんの喜ぶ顔が見たい」という優しさが、彼を追い詰めた
周囲の期待、親のエゴ、逃れられないしがらみ。それらはいつの間にか、彼の中に「自分が我慢すれば、周りが喜ぶ」という悲しいサイクルを作ってしまっていました。
純粋に「サッカーが好き」と言えない環境に彼を追い込んでしまったのは、私の責任かもしれません。息子は、いつだって私の喜ぶ顔を一番に見たいと思っている、本当に優しい子だったから。
社会人になって会社に勤めるようになっても、私の期待に応えようと走り続けた彼の糸は、ある冬の朝、プツリと切れました。 突然、ベッドから起き上がれなくなってしまったのです。
真っ暗な部屋、表情を隠す息子の心…
それからの彼の部屋はいつも真っ暗…灯りが消えたままでした。 心配で電気をつけようとすると、彼は激しく嫌がりました。
前髪ですべてを覆い隠し、誰とも目を合わせない。私の顔が見えないように、自分の心が見えないように…。
暗闇の中で丸く小さくなる背中を、私はただ、見ていることしかできませんでした。
幸せを決めるのは、親じゃない!握りしめていた「期待」を手放した日
タイトルに想いを託した一冊の本
転機は、親としての姿勢を根本から変えたことでした。
でもその時はまだ、「お母さんの価値観は変わったから、もう大丈夫だよ」という言葉さえ、届かないもどかしさがありました。
どうしたら、今の私の想いが伝わるんだろう…。
そんなある日、本屋さんで一冊の本が目に飛び込んできました。 タイトルは「親の期待に応えなくていい」。
「幸せを決めるのは親ではなく、あなた自身」「親を大切にすることと、期待に応えることは別物」その言葉たちが、私の心の奥底に突き刺さりました。
「これを息子に渡そう。もし読んでくれなくても、このタイトルが目に入るだけで、私の今の想いは伝わるはず…」
言葉にならない想いを、一冊の本に込めて
そのころの会話といえば「今日のご飯、何食べたい?」「なんでもいい…」とか「お腹すいてない…」とかいう、なんとも重いやり取りの繰り返しだった毎日だったのですが、 私は祈るような気持ちで、その本を息子に手渡しました。
「素敵な本見つけたよ、読んでみてね」
それから、私は自分に言い聞かせました。
・励まさない
・導かない
何が正解かなんて、誰にもわからない。だから、今まで私が「良かれ」と思って握りしめていたすべてを、手放すことにしたのです。
「それでいいんだよ。いつか、自分の好きなことが見つかるといいね」って、根気強く…でも押し付けずに伝え続けました。
すると、止まっていた彼の時間が音を立ててゆっくりと動き始めたのです。
人生を立て直したのは、親ではなく本人だった

自分の人生を歩き出す力は、ちゃんと彼の中に眠っていました。
彼はその後、冒頭でもお話しした「ベンチャー企業を立ち上げた友人」のもとで、朝から晩まで肉体労働を始めました。
駆け出しの会社ですから、社長である友人も自ら現場に出て、汗だくになって働くような環境です。
そのバイタリティ溢れる同級生は、息子の本質を見初め信じてくれました。二人が互いに励まし合い、泥臭く汗を流し続けて、気づけば3年。
ようやく事業が軌道に乗り、いよいよ従業員を増やしていこうという、勢いのある場所までたどり着いたのです。
世間体よりも大切な「魂の喜び」
体力的には、間違いなく過酷な環境だったはずです。 それなのに、帰宅した彼の顔には、疲弊していた頃にはなかった「達成感の笑顔」が宿っていました。
その同級生社長は、我が家にとっての恩人です。暗闇の中にいた息子に声をかけ、居場所をくれたこと。心から「ありがとう」と伝えたい気持ちでいっぱいです。
「世間体」や「お堅い仕事」という狭い枠を飛び越え、彼が自分の魂が喜ぶ場所を自ら見つけ、切り拓いてくれた、そのことが、何よりも嬉しくてたまりません。
マヤ暦との出会い|「幸せの物差し」は一つではないと気づいた日

「幸せの物差し」は人それぞれ。自分を知ることが家族を救う近道
私は、占いの仲間との交流で「マヤ歴」という統計学に興味を持ちました。自分や周りの人を調べていくと面白いように当てはまっていたんです…。これは興味深いな…と。
息子とともに、もがきながら精神的な世界を歩む中で、私はある確信に至っていました。 それは、「人はみんな、それぞれ違う使命を持って生まれてきている」ということです。
「幸せを測る物差し」は決して一つではない…一人ひとり形が違うもの。
他人の価値観や「世間の正解」に合わせて生き続けることは、どんなに努力をしても、いつか必ず無理が生じてしまいます。
カウンセラーとして活動する中で、私は「心に触れ、寄り添い、前に進む勇気を手渡すこと」が、自分の役割だと感じています。
そして、もしその人自身が「自分という存在」を深く知り、進むべき方向が分かれば、本人も、そして見守る家族も、もっと楽になれるはず。そう強く思うようになったんです。
その手段があればいいのに…そんなときに出会った「マヤ歴」だったので、まるで「これを学びなさい」と言われているようにさえ感じたほどです。
マヤ暦は、未来を当てるものではなく「ズレ」を整えるもの
マヤ暦は、単に未来を当てるための占いではありません。自分という存在を深く理解するための「地図」です。今進んでいる方向が、自分の本質とズレていないか。それを確認し、本来の自分へと整えていく。
わかっていたら、 息子もあんなに自己肯定感を低くする必要はなかったのかな、と思います。
どんな人にも素晴らしい特性があり、それを見つけて伸ばしていくことこそが、幸せへの一番の近道だと気づきました。
潜在意識のスイッチを押して運命を動かす
悩んでいるご家族、そして今苦しみの中にいる本人の中にも、まだ眠っている力があります。その「潜在意識のスイッチ」を、私はマヤ暦を通じて押していきたいと思います。
変えられない「宿命」を嘆くのをやめて、自分の力で切り拓く「運命」のサイクルに乗り始めたとき、人は本当の「使命」に目覚めるのかもしれません。
ですが、息子にとってのあの「うつの期間」と「もがいていた時間」は、決して無駄な時間ではありませんでした。私と息子の絆が深くなったことは確かで、また休息時間も、本来の自分に戻るための大切な「調整期間」だったと思うからです。
さいごに…
私のマヤ歴の学習は今始まったばかりですが、これから自分軸の整え方やマヤ歴の活用法を具体的にお伝えしていきます。よかったら次回の更新をお待ちください。
読んでくださる方の羅針盤になりますよう、活動を頑張っていきたいと思います。
応援よろしくお願いします。
kyo
